CanonNF-1 キヤノン最後のMF一眼レフ

昔、このカメラにどれだけ憧れただろうか?こんなカメラは一生持てないだろうと思っていたし、持てたとしても身分不相応だと思っていた。
ところが現実に今、カメラ棚の中に収まっている。最高級カメラNF−1はやっと自分の手の届くところまでやってきた。

こんな思いで中古カメラを買っている人は意外と多いのかもしれない。若い時の憧れのカメラ、それが小遣いをちょっと貯めれば買える値段で中古のショ−ケ−スに並んでいる。
こんな風に考える人は多分40歳以上の人だろう。

旧F−1発売から10年間、約束どおりキヤノンはモデルチェンジはしなかった。そして10年後まったく新しいシステムの一眼レフが発表された。名称は変わらずに。
ファインダ−スクリ−ンの交換により3つの測光方式が選べ、ファインダ−とモ−ドラの着脱により、AEモ−ドが選択できるという画期的なものだった。
シャッタ−はハイブリッド式。
当時、A−1が発売されてすでに3年が経過していたわけだから、電子シャッタ−やマルチモ−ドにするのは簡単だった筈であるが、あえてそれをせすせに、使い手側でシステムを構築してゆくという姿勢はマニアの心をくすぐった。

風景写真やスナップ写真派はAEファインダ−をつけて絞り優先で撮り、スポ−ツ写真派はモ−ドラやワインダ−付けてシャッタ−スピ−ド優先でとっていたと思う。
この機能構築としての選択はプロの信頼を勝ち取っていたのではないだろうか。

みのかんのNF−1

中古カメラを買う時にカ−ドを使ったのはこれが最初で最後である。なんだかんだで10万円はしたと思う。月に一万円で10回払いでやっと買った。
東京のフジヤカメラである。新品同様となっていたが、新品そのものであった。10ヶ月やっとで支払いを済ませた後、こつこつとアクセサリ−を増やした。最初に買ったのがAEファインダ−付きであったので、Tv優先にしたくてワインダ−のとんでもなく安いのを買った。何故安いかというと、ネ−ムが彫ってあるのである。

次にどうしてもアイレベルファインダ−が欲しくなり、生産中止になる前にと思い、これは新品で購入した。そしてこれを買ってから3ヵ月後、NF−1は生産中止となったのである。
はっきりいってショックだった。
この時は大げさではなく、本当の意味で、一つの時代が終わったと感じた。それはキヤノンのひとつの時代の終わりでもあったと同時に自分という人間の一つの区切りでもあった。
気が付けば自分も40代に突入していたのである。もう若いという言葉は使えない年齢になっていたのである。
それと同時に、このカメラが似合う年齢にもなっていたのである。

このカメラを買ってから、中古カメラ熱はどんどん下がっていった。最高級機を持つと不思議と他のカメラが欲しいと思わないのである。
そして時代はバブル経済破綻の終盤にさしかかり、中古カメラウィルスもワクチン投与の必用もなく自然と収まってきたように思う。
今思えば、あの時買っておいて良かったと思う。時代は銀塩からデジカメの時代に移った。
EOSが当たり前のキヤノンも、後10年もたてばデジカメがほとんどになるだろう。

銀塩時代の最高のMFカメラとして時代に名前を確実に残すだろうNF−1は、世間がデジカメ一辺倒になればなるほど、その価値が上がっていくことは間違いがない。

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